ゾンビゲーで考える

以下、ワタシの個人的な見解と思っていただきたい。

昨今、敵に「ゾンビ」の登場するゲームは多いですよね。
しかも、「ゾンビだから」ということでプレイヤーキャラが容赦なく殺しまくり。
「かつてヒトだった生物」や「ヒト型の生物」を「ゾンビ設定」にすることで「やってしまってもぜんぜん問題ナッシング」に変換してしまっていいんだろうか。
じゃあ、「戦争」というゲーム内設定で「ヒトそのもの」を殺すのは更にどうなのかっ!?ってことにもなりますが。

そんな心の葛藤をしつつも・・・。

箱○「Left 4 Dead 2」体験版、DLして遊んでみました。
大変面白うございましたw。
先の自分の葛藤はなんやねん!みたいな感じですが。
街中にあふれ返った「ゾンビ」といいますか、「感染者」を倒しまくりながら、脱出を試みるゲームなのですな。
他のゾンビゲーと違って、「ゾンビ」さんたちがこちらへ「走って」やってくるので、プレイヤーにとってはテンポ良く追い込まれるような、ヒリヒリ感があります。
「わー!わー!来た、こっち来たーっ!!」とか心の中で叫びつつ、後退しながら銃を発砲しまくっていると仲間の背中にあててしまっていたりして、ごめんなさいです。

「ゆっくりゾンビ」でジワジワと攻められるのもいいけど、「しゃかりきゾンビ」でグイグイと責められるのもイイ!!
わしゃ、Mかっ!?
とか、言ってみるテストw。

んでも、「Left 4 Dead 2」の前作を遊んでないんですよね。
今、お店で見てきたら「Left 4 Dead」はお手ごろ価格になっているじゃあないですか。
ああ、欲しいなぁ。


ゾンビだからって無情にも殺しまくるのはどうなのかっ!?
とか、偽善ぶっておきながら、そういったゲームは楽しい、欲しいと思うワタクシなのでありました。

さて、ちょっと真面目に考えてみる。

「カタルシス」は、ゲームの「楽しい」につながっています。
(この場合の「カタルシス」とは「傷つけられたから倍にして殴り返してやったら非常にスッキリした」というような「代償行為によって得られる満足」のこととする)
ヒトはきっと、自分に危害を加えようとする「怖いもの」「まがまがしいもの」を排除することでカタルシスを得るのでしょう。
そのさいたるものを「ヒト自身」や「ヒト型だけど得体の知れない不気味なもの=ゾンビ」としているのではないか。
つまり、人間の脳の中には「どんなモンスターよりも、『ヒト』こそがもっとも不可解にして恐るべきもの」とインプットされている証拠なのではないか。
「自分に襲い掛かってくる人間」「何を考えているか分からない人間」ってのは誰しも怖いものですよね。
「ゾンビゲー」ってのは、そこのところを巧く突いたコンセプトで普遍的に人気を得られるゲームジャンルなのかもしれない。

つまり、何が言いたいかというと。
「Left 4 Dead 2」も人気があって、続編として「3」、そして「4」も製作されるんじゃないかと思うけれども、
「Left 4 Dead 4」っていうタイトルだともう何が何の数字だかよく分からないよね、ってこと。

そんな感じです。
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